神々と男たち』

修道士として生きることに意味があるのか. 殉教者として死ぬことに意味があるのか. 1996年にアルジェリアで起きた過激派イスラム集団によるフランス人修道士誘拐及び殺害事件を映画化し、2010年カンヌ国際映画祭ではグランプリを、セザール賞では作品賞などを受賞したこの作品. フランス映画らしく淡々とした描き方に退屈に感じるシーンはあれど、これを映画化したことに深い意義を感じる映画でした. フランス映画といえば、ハリウッド映画とは違い、時に説明不足に感じるほど淡々と描きつつ、なおかつ分かり易く観客に感情移入させるような描き方をしない作品が多いですが、この映画もまた「これぞフランス映画」と言わんばかりの淡々さ. なので、それを退屈と感じてしまうと楽しめない映画ではあります. ただイスラム教徒である村人から慰留を求められるほど修道士として立派に生きていたあの7人もまたテロリストの脅威に晒されると死を恐れる普通の人間であり、そんな彼らが村人から慕われる修道士と死を恐れる一人の人間との間で自分たちは「どうすべきか」よりも「どう生きるべきか」で悩み苦しむ姿を見ていると、不思議と多少退屈に感じようが睡魔が襲ってくることがないんですよね. 死ぬために修道士になったのではない. 殉教者として死ぬことに意味があるのか. 生きるために修道士になったのだ. アルジェリアを去りフランスに戻るべきか. 自分はまだ成すべきことをしていない. マチ★アナイキサッカースパイクソビ vol.9に日本一ソフト 村人と共にこの地に留まるべきか. 修道士として最後まで神に仕えるという信念を貫くのか. そして彼ら7人が一つのテーブルを囲み出した「残る」という結論と、「白鳥の湖」を聞きながら取る文字通り最後の晩餐となった食事. この時、ワインというキリストの血を飲み、涙を流し震えていた体を静かに落ち着かせ、死を覚悟したこの7人の心の中は神への信仰心で満たされていたのでしょう. クリスマスの夜に、手当てが必要な仲間のために医師や薬を要求するも大人しく引き上げた過激派たちとの交流を見る限り、キリストを信じていようがアラーの神を信じていようが、神を信じる心が同じであれば殺し合いはなくなるはず. ですから彼らの出した「残る」という結論は神に仕える者として出した「平和への希求」でもあったのでしょう. 深夜らじお@の映画館 は彼らの美しい賛美歌に聞き惚れました. ※お知らせとお願い ■ 【元町映画館】 に行こう.

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